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Tuesday, May 6, 2014

今日の一言@ニューヨーク: It must be in my genes…

桜を見たいという衝動にかられて、マンハッタンの桜の名所のひとつであるリバーサイド・パークに行ってみました。ハドソン川沿いのリバーサイド・パーク、72丁目から125丁目の間にはSakura Walkというプロムナードがあり、特に80〜100丁目あたりの桜の美しさは格別のものがあります。

既にソメイヨシノや山桜の季節は終わっており、ああ、残念。ピンクの八重桜が咲き誇っていました。
桜をみるとなにかこう、心の奥にこみ上げてくるものがあります。特にソメイヨシノ系の可憐な白い花をみると、懐かしくてたまりません。これって一体なんなのでしょう。やはり日本人の遺伝子に組み込まれているのでしょうか。東京の実家の庭にあったからかもしれません。

Thursday, August 15, 2013

今日の一言@パリ: Do they also work only 35 hours per week?

今日もパリはいいお天気。日中は26度、夜になると18度くらいまで涼しくなって快適です。パリの人はみんなバカンスでどこかに行ってしまっているようで、町の中はガラガラ。パン屋さん、お肉屋さん、ブティック、ギャラリー、レストランも8月末まで3週間、4週間と休みをとっています。スーパー、デパート、一部のお店やレストランは空いてますが、7割くらいのお店はやってないし、車も少ないし、街全体がシーンとしています。

ちょっと暑い日差しの中、パリのチュイルリー公園を歩いてみました。
え?! 数頭の山羊が芝生を食べている! 
後で調べてみたら、自然な方法で芝刈りをするのに、この夏から山羊を導入することにしたという報道がありました。なるほど、山羊さんたちはパリジャンがバカンス中に働いていたのね。。。彼らもやはり週労働時間は35時間かしら。

Monday, October 8, 2012

今日の一言@香港: Guess what they’re eating!

どこの都市、地方、国にいっても、スーパーマーケットを覗くとそこでの人々の食卓での様子が目に浮かんできます。大都市の東京、ニューヨーク、パリ、香港、それぞれにその土地でしかない食べ物が並んでいるのを見るのが楽しみです。

香港の地元の人がよくいくスーパーマーケットで私も買い物をしていますが、もちろん、中華料理を作るのに欠かせない食材と調味料にあふれています。冷凍食品もかなり充実していて、シューマイ、餃子、肉まん/あん饅はもちろんのこと、スープ入り小籠包の種類もあります。

面白いのは素材で、肉のパッケージ商品の棚には、中国以外では見られないだろうなあ、という鶏の足のパッケージ。自宅でも鶏の足を調理するのでしょうか。私はこれ、苦手です。


香港は常夏、東南アジアに近いこともあって、南国のフルーツ類が豊富です。マンゴ、パパイヤ、ココナッツなどは常設、値段も安いです。広東人が好きなドリアンも、季節によってでてきます。


Sunday, September 30, 2012

今日の一言@パリ: A full moon on a clear night in Paris.

まだ夕焼け空、西の方向は明るい中、赤みかがった大きな満月がセーヌ川の向こう側の建物の間から顔を出しました。まさに、中秋の名月です。

今日は空気も澄んでよく晴れました。マレー地区を歩いて、写真美術館で午後を過ごして、疲れていたのもすっかり忘れる、息を飲む光景でした。
セーヌ川のpont des artsの橋を渡ったところからの眺めです。

Tuesday, September 4, 2012

今日の一言@香港: Taking advantage of mid-autumn festival sales season

中秋節、英語ではmid-autumn festivalといわれる。日本でも中秋の名月を愛でるが、ここ香港では、クリスマス・ケーキのギフト戦のような月餅の商戦が盛り上がっている。テレビのコマーシャルも、地下鉄のポスターも、月餅セットの前売り割引の広告が目立つ。

もちろん、伝統的な月餅が好まれるのであろうが、今年、初めて気づいたのだがアメリカ企業もこの月餅市場に乗り込んでいる。

星巴克月餅、スタバックの月餅だ。箱入りセットを店頭で見つけた。コーヒーと一緒に月餅??! 
ハーゲンダッツは、アイスクリーム・月餅だ!

中秋の名月は、9月30日。


Friday, May 18, 2012

今日の一言@ニューヨーク: Sorrow runs so deep.

2011年9月11日、ワールド・トレード・センター跡地に建設されたメモリアル(The National September 11 Memorial)が公開されました。
公開後しばらくは混んでいて、訪問するためには一週間以上まえからの予約が必要となっていましたので、なかなか行く機会がなく、私は9月末から香港に旅立ちました。そして、この春、またニューヨークに戻ってきたので、この機会に行って来ました。 今でも、訪問日と時間の指定をして入場券を取得することが必要です。入場は無料です。 オンラインで全て手続きが出来ますが、名前やEメール、連絡先などの情報を入れる必要があります。手続きが済むとPDFで入場券をEメールしてくるので、それを印刷して持参しなければなりません。

4月末、晴れた青い空が広がった日、いよいよ私も行ってみました。当日の朝にオンラインで入場券が取れ、午後4時すぎに向かいました。パーク入り口では、空港並みに非常に警備が厳しかったです。

警備ブースを出ると、太陽がさんさんと降り注ぐ広場にでました。メモリアルは、ワールド・トレード・センターの南タワー、北タワーの跡地が、そのまま大きな正方形の深い、深い穴となっており、その穴に向かって、大量の水が吸い込まれるように落ちていく、という建造物です。各タワーの正方形の壁は地上1メートルくらいで、その壁には犠牲者の名前が刻み込まれています。

メモリアル=追悼のための記念物。 そこは、今なお、深い悲しみが永遠に落ちる水のように流れていました。深い穴に流れて落ちる水を見つめる人々の顔は、それぞれが、なにかを失ったときの戸惑いの影を見せていました。笑い声、明るい声はとても出せない雰囲気に包まれ、特別な悲しい空間でした。 ここにくれば、あの日が、あの悲劇と混乱が誰の頭にも蘇る、そんなところです。

唯一、水しぶきに太陽が反射して、大きく口を開けた穴のあちこちに虹が形成されていたのが、どこか、悲しみの中にも希望の光りがある、ということを無言で伝えようとしているようでもありました。
メモリアルのサイト http://www.911memorial.org/

Sunday, October 9, 2011

今日の一言@香港: Stay hungry, stay foolish 
















9月22日からまた香港と深センにやってきました。
先週は、アップル信奉者でなくても、スティーブ・ジョッブ氏が亡くなったことは悲しいニュースでした。同世代であることが悲しみを深めているのかもしれません。癌によって闘病生活をしている間でも、情熱的に新しい製品コンセプトを常に考え、積極的に生きた姿には感動していました。命ある限り、情熱をもって生きることの重要さを体現することは簡単なことではありません。

香港のアップル店舗の前にもジョッブ氏を追悼する花や品物が供えられています。こうした現象を引き起こす経営者は他にいるでしょうか。彼は経営者、社長、ビジネスマンの枠を超えた存在であったことを今更ながら痛感します。

ニューヨークタイムズ紙の訃報記事を読んでみて、ジョッブ氏の生い立ちを初めて知りました。彼は、アメリカ人女性とシリア人学生(のちに政治学者)との間に生まれた私生児で、生まれてすぐにジョッブ家に養子として迎えられて育ったのだそうです。決して裕福ではないジョッブ家で、彼は小さい時から独立心旺盛で新しいことに挑んできたようです。自分の情熱にいつも駆り立てられて、新境地を開拓してきた人生だったのだなあ、と思います。

2005年にスタンフォード大学の卒業式で、彼が祝辞をした中で有名な一節があります。
Stay hungry, stay foolish 
物心がある程度満たされるとハングリーであり続けるのは簡単ではありません。Foolishは、人からバカか、頭おかしいんじゃないか、なんて言われようともいいじゃないか、馬鹿げていることも大事なんだということだと思います。馬鹿と天才は紙一重とはよく言ったものです。夢を現実にするには、ハングリーな精神と馬鹿げた発想が必要なんですね。

Tuesday, June 28, 2011

今日の一言@深セン:Is it worth 10 yuan?






















深センの物価上昇は、目を見張るものがあります。2年前に比べてスーパーの食品などは10%から20%の値上がりしています。レストランやカフェでも値段が上がりました。とはいっても、東京やニューヨークに比べればまだまだ安く、高級レストランでふたりで飲茶をして7~8品を頼むと150~200元(1800~2000円ちょっと)といったところです。中華レストラン(海鮮料理は別ですが)でふたりで300元も使えば、かなり豪勢な夕食ができます。

さて、10元(約125円)で何が食べられるでしょう。10元払う価値があったかな。

1.マックカフェ(McCafe)の上質アメリカン・コーヒー(小)一杯。思ったより不味くないです。スタバのブレンドコーヒーが22元ですから、Value for moneyと言えるかもしれません。バナナマフィンは12元もしましたが、これはいただけないお味。

2.カフェテリア方式レストラン(中国語で「自助餐」)で、ごはんと野菜炒め3種類をとってランチの合計9元。ちょっと油っぽいですが、ナスのひき肉炒めは赤唐辛子がピリッときいていて悪くないお味。

3.小型のスイカ1個。これは「黒美人」というスイカの種類で、広東省など南部に多く見られるものです。(手前のアメフトのボールのような楕円形のもの)

ちなみに、タクシー初乗り料金が10元(プラス、3元の燃料サーチャージがこの春から適用されるようになりました)、ワイシャツやブラウスのクリーニング代が10元、地下鉄の数駅までの最低料金は2元。一方、日常的な食品でもミルク類や果物は贅沢品なのか価格が高く、牛乳(950ml)が13~15元、桃や枇杷、リンゴなどは500グラムで20元近くします。季節によって500グラムが10元を切る果物にはスイカやみかんなどがあります。

工員や給仕係の月収は1600~2000元、新卒の事務系が3000~4000元と上昇してきている今日この頃ではありますが、お給料が2000元の人にとって10元の重みは、日本円だと20万円で1000円の感覚です。そう考えるとマックカフェのコーヒー10元は決して安くはないですね。

Thursday, March 3, 2011

今日の一言@ニューヨーク: We are social animals.


2月初旬からニューヨークに帰ってきましたが、毎日があっという間にすぎてしまいます。ほぼ4ヶ月も留守にしていたので、友人と会食にいったり、美術館やギャラリーに行ったり、と寒い中を飛び歩いて楽しんでいます。やはりニューヨークの友人のネットワークはいいなあ、なんて、香港と中国では「孤児」になっている私には嬉しい時間が流れています。人間は社会的動物、むかしThe Social Animalという社会心理学の本を教科書で読んだけど、ふっとその行動パターンを思い出してしまいます。

ソーシャルネットワークは架空の世界にもこうしてできているのに、目の前にある世界が忙しくなると、私は後者で手一杯になってしまいます。マルチタスクの人間ではないので、また日記幽霊部員になってます。でも、私だけでないみたいですね。私の友人リストの半分以上の人は、幽霊部員ではありませんか!?すでに「幽霊退治」をされて私も削除されちゃったかもしれませんが、私の友人リストも「あの人は今どこに?」シリーズができるような感じです。淋しいなあ。

Monday, January 10, 2011

今日の一言@香港: My new year resolution


12月下旬から年始まで東京の実家に行ったのですが、春のような香港から行くと東京の寒さはつらいものがありました。もともと、極寒のニューヨークから東京に行っても、東京の古い家での冬は苦手です。部屋を暖房していても、トイレやお風呂場が寒いからすぐに風邪をひいてしまうのです。長年、アパート全体が暖房ポカポカの生活に慣れてしまった私は弱体化しているので、東京ではしっかり風邪をひきました。

鼻水、くしゃみの中、ご近所のお寺で除夜の鐘をつかせてくれるというので、ダーリンと一緒に30分ほど並んでGong!と祈りをこめて打ってまいりました。今年はやるぞ! え、何を?

ということで、「5年運用日記」を初めて買って元旦から記入を始めました。3年、5年、10年とあったのですが、ひとまず5年でやってみようと、これが私の新年の抱負です。長期運用日記って日本にしかないアイデアです。「2年前のお正月ってどこにいたっけ?なにやったっけ?」なんて会話をダーリンとしたのがきっかけで、日本には10年日記とやらがあるからそれをつければ、ほいほいとすぐにわかるな、と思ったわけです。

毎日、数行でいいから大丈夫だわ、と久しぶりにペンを持って紙に向かうと、やはり漢字がうまく思い出せない、書けなくなっている、という衝撃の連続です。だからこそ、やるぞ、今年から!
3日坊主の壁は既に破りました。5年後はすごく遠いような、近いような。。。空欄の5年後を眺めてちょっとスリルを感じます。

Monday, December 6, 2010

今日の一言@香港: The growing influence of the mainland is inevitable.


英字新聞のSouth China Morning Postに、今朝、目を通していたら、「世界各地のチャイナタウンでマイノリティーになりつつある広東語」という記事がありました。最近、ロンドンのチャイナタウンの中華レストランでは、中国本土標準語(普通語:Putonghua)しか話さない人ばかりが目立つ、というもの。メニューの漢字まで簡体字になっている、と香港人は驚いたということです。一昔前までは、圧倒的に香港を含む広東省出身の広東語と広東料理が、海外チャイナタウンの「中国語」と「味」であったのに、今ではどんどん減っているとか。

そういえば、ニューヨークもマンハッタンのチャイナタウンでは広東語が主流ですが、クイーンズで10年くらい前から大きくなった新チャイナタウンは普通語であったことを思い出しました。

ロンドンは、英国領であった香港とその周辺からの移民が主流だった時代が長かったでしょうから、この変化は香港人には心理的に大きいだろうと想像できます。こんなところにも中国本土からの変化の波が押し寄せているのか。。。

香港では、今、大金持ちの中国本土の人が買占めて不動産価格をつりあげ、学校でも普通語での教育が始まるといった変化の中で、香港人はそのアイデンティティに敏感になっているように思えます。私も2005年に初めて来た時より、町で普通語を話す人をよく見かけるようになった気がしています。

日本ほどではないですが、香港は少子化が進んでいます。一方、中国本土から子供を産みにくる中国女性は増え続ける。。。香港パスポートを子供に与えたいのです。香港の病院では、その制限を始めたと聞きます。確かに、これはちょっとした脅威ともいえるかもしれない。

今日お昼に食べた鵝髀瀬、ここの焼鵝は自家製秘伝の味です。中途半端な美味しさではないんです、これ。凍奶茶(アイス・ミルクティー)と典型的な香港式ランチで43ドル(458円)。北京ダックよりずっと美味しく、こんな安いものが香港からなくなったら、どうしよう。

すでに海外チャイナタウンのレストランでは、広東語と普通語の逆転が起こっているという記事で、考えてしまいました。日本人の私にはよくわかりませんが、なんか、がんばれ、広東語!広東料理!といいたくなるような、一日でした。

Monday, September 20, 2010

今日の一言@ニューヨーク: ) Why emoticons are so different?


あっという間に9月も中旬となりました。光陰矢のごとし、最近は一日が妙に早く過ぎていきます。
今年も9.11の夜は、二本の光りが空に向かって輝きました。私もあの日、自分のアパートの窓からビルの崩壊を目撃し、荷物を抱えて避難したので、南の空を見上げると、今でも涙を誘われます。:’( 

この日にも、イスラム文化センター建設反対デモがありました。:-( 
しかも、オランダからイスラム化反対主張を繰り広げたきた政治家が招かれてスピーチをしていました。全く信じられません。:-o

さて、文章の終わりにあるマーク、間違い?文字化け? ではありません。ちょっと昔ながらの「顔文字・絵文字」(Emoticons)を使ってみたんです。「昔ながら」といったのは、HTMLメールがなく、コロンなどのテキスト文字しか使えないコンピューター時代に創作されたものだからです。次のものはアメリカで使われるもので、時計回りに90度回転させると顔の表情にみえます。(または頭を左に90度傾けてみてください)

:) スマイル
;) ウインク
:’(  悲しい、泣けてくる
:-(  怒ってるぞ
:-o  ビックリ

絵文字にもお国柄があるといいましょうか、違うところが興味深いです。日本のEmoticonsは複雑にコロンやセミコロン、括弧などを組合わせてそのまま表情としてわかるので優れものだと思います。(ただし、日本人にしかわからないものばかりですが) それに、日本人に苦笑とか、謝罪とか、アメリカにはないEmoticonsがあるのもユニークです。日本語と英語が違うように、絵文字も文化的な違いを反映していると思ったわけです。

Emoticonsを創作したのはアメリカ人なのに、そのわりに最近は利用度が高くなく、アニメのものは普及していません。その代わり、携帯用英語短縮綴りは増え続けています。
例えば、RUOK? PCM 2moro g2g
さて、これはどうゆう文章の短縮形でしょうか。

感情豊かなコミュニケーションより、合理的なメッセージ交信が好まれるのか。秋の夜長にふと疑問が浮かんできました。

Wednesday, August 25, 2010

今日の一言@ニューヨーク: Which side of the controversy are you with?


こちらでは、グランド・ゼロ近くにモスクとコミュニティーセンターを建設する計画を巡って、大きな議論が毎日メディアを賑やかしています。政治問題化してきたといえましょう。

トライベッカに住んでいるので、この建設予定地を見てきました。確かにグランド・ゼロから2ブロック北、Park Placeというストリートにありました。(写真の白いビルを壊して、大きなビルを建てるそうです) 今日は、宗教の自由を守れという計画支持プラカードを持つ数名が、ビルの前に静かに立っていました。

ブルームバーグNY市長は、宗教の自由は憲法で保障されているものであり、センター建設計画変更の必要なし、譲歩をすること自体がおかしいと主張。パターソンNY州知事の建設場所移転交渉案にも反対しています。一方、センター建設反対の人の言い分の多くは、9.11犠牲者とその家族の感情に配慮しない無神経な計画だ、と主張します。

冷静に考えると、「無神経」を持ち出して感情論をするほうが危ないような気がします。イスラム=テロリスト、と言っているように聞こえます。

これが、キリスト教の教会・コミュニティーセンター建設計画だったら、9.11テロとの関連で感情的問題がないから反対運動はないのでしょうか。一方、かりに、テロリストがイスラム教過激派ではなく、キリスト教過激派だったとしたら、同じように反対運動があるのでしょうか。疑問です。

いくらツインタワーを攻撃したテロリストがイスラム教過激派だったとしても、テロリストと普通のイスラム教徒は別物だと考えるべきだと私は思います。それに、もともと、この付近には2002年に借用リースが切れるまでモスクがあり、そこのイスラム教徒のアメリカ人らは全くテロとは関係なかったわけです。さらに、今回のモスクとセンター建設の主導者らは、アメリカのイスラム教穏健派といわれます。

アメリカの冷静な判断が、今回のこの感情論を凌駕してくれることを祈ります。

Monday, July 5, 2010

今日の一言@深セン: What’s the fuss about this movie?





アカデミー賞ドキュメンタリー部門賞を獲得したThe Cove、やっと日本の映画館で封切りとなったとニュースを見ました。なんで封切までに時間がかかったのか、海外から傍観すると???、疑問です。保守系団体が「反日だ」とか映画館に抗議をしたり、取材された町が上映に異議を唱えたり、という話を読みました。

しかし、日本で日本人だけが見られない環境を作っても、もう手遅れ。「イルカに残酷な日本」というイメージがあちこちでできちゃってから、日本の中で騒いだって、もう完全にアウトです。

中国の深センの海賊版DVDショップでさえ、すでにアカデミー賞発表後にすぐに売られていました。私は7元(100円くらい)で買って、見たんですが、大騒ぎするような内容ではりません。取材に正々堂々と持論をきちんと説明しなかった町と漁業関係者が、すごく悪いことをしているように描かれてしまったのは、仕方ないことです。きちんと英語で説明、反論すれば、ここまでセンセーショナルに、面白おかしく描くネタにはならなかったでしょうに。相手の通訳だけを通して描かれるので、これは仕方ない結果です。

むしろ、私が映画の見せ所だと思ったのは、昔、フリッパーの調教師だったというオバリー氏が、贖罪の念にかられているような、イルカを一頭でも救いたいという恩返しをしているのかと思わせるような、そんな切ない表情と彼の想いでした。

世界の大きな変化の中で、うまく自国をPRしないとどんどん変な国になってしまいます。フカヒレを大量消費する中国でさえ、フカヒレを食べないキャンペーンを堂々と支持し、海外アピールに余念がありません。日本はもう鎖国時代には戻れません。一部保守系団体の人も、目を開いて、今の世界を見つめて欲しいものです。

Thursday, June 17, 2010

今日の一言@深セン: The origin can be traced back to China.
















6月16日(水)は、端午節で香港も深センも祭日でした。え、端午節って、「端午の節句」のこと? 調べてみると、中国の端午節とは、日本の端午の節句は似て非なるものであります。

日本は明治維新後に新暦で5月5日となりましたが、中国では昔からの祭日や伝統的行事は旧暦を使っており、今年は6月16日が5月5日でした。ちなみに、中国本土では共産国となってからは文化的なものは長いこと廃止されていましたが、この10年ほどは中国古来の文化・伝統が見直され、2008年から端午節も国民の祝日の扱いとなったそうです。香港では中断なく、祝日として続いてきたようです。

さて、端午節は、紀元前「楚」の政治家だった屈原の死を記念する日といわれます。この日にはちまき(粽)を食べ、龍船(dragon boat)による競争レースが各地で行われます。そのルーツについては、いくつか説があるようです。有力なのは屈原の悲話にあるといわれます。屈原は失脚して川に身投げをしたのですが、楚の国民には人望が厚く、彼を悼んで川にご飯を投げたそうです。しかし、川の中で魚がそれを食べてしまうので、人々は竹皮などにご飯を包んで魚の餌にならない工夫をしました。それが粽のルーツとか。さらに、身投げした屈原を探してみんなが船を出したという話が、現在のドラゴンボートレースのルーツ、という説があります。

端午節の粽は、深センのジャスコにもありました!(写真) 香港でもこの数週間、あちこちのお店やレストランで独自の端午節の粽として販売されていました。もちろん、通常から粽を売っているお店もたくさんあります。ドラゴンボートレースのほうは、13日に香港島のある入り江でやっているのを見に行ってきました。(写真) 

ところで、日本の端午の節句は、旧暦の5月にもともと日本にあった全く別物である風習と結びついて、奈良時代に中国名の「端午」が採用された模様です。男の子の節句となるのは、鎌倉時代だとか。そのころから、粽も端午の節句に食べる習慣となったようです。

日本はその昔、中国から漢字と文化を大量輸入したとは知ってましたが、日本のものだと思ってた行事などもルーツは中国にあったのか、と驚くことがよくある今日この頃です。

Sunday, May 30, 2010

今日の一言@東京:The bride will keep her name.


東京に来ると、「Juneさんは結婚前の苗字を通称として使っているの?」と旧友や知り合いによく聞かれます。旧友らとホッピーを飲んでいたら、またその質問がでてきました。

私は結婚前の名前を堂々と使い、パスポートも当然、父のご先祖さまからの日本の名前です。ダーリンは自分の苗字を使っています。外国人と結婚した日本女性の場合、女性が自分の日本姓をそのまま使うことが法的に問題なく、むしろ、配偶者の外国姓に変更するほうが手続き上は手間がかかるのです。夫婦別姓議論を見るたびに、外国人と結婚した日本女性は堂々と法的に夫婦別姓なのに、日本人男性と結婚すると別姓には何故できなくなってしまうのか、不思議です。でも、日本人同士の夫婦別姓がむづかしいのは、戸籍が背景にあるからだと思います。

外国人は日本戸籍がないので、結局、日本戸籍のある日本女性のほうがそのまま日本姓を続けるチャンスがある、という仕組みなのです。

私は婚姻届を出したあと、父の戸籍から抜けて、自分の戸籍を独立して作ることになりました。外国人は戸籍がないため、私が戸籍を作って筆頭者、ダーリンは私の身分事項欄(情報としての備考欄みたいなもの)に登場するだけです。「○×国、なになにしかじかと、○×年何月何日に結婚」といった記述の「なになにしかじか」がダーリンで、戸籍上の記録は私の備考欄情報になるわけです。

余談ですが、日本で外国人と婚姻届を出すといろいろと外国人側の証明書類が必要で面倒です。でも、日本ではふたりが合意すれば離婚届けを出すだけの方法は、アメリカの男性が最も羨む簡易離婚システムです。ニューヨーク州では簡単に離婚できませんからねえ。

さて、アメリカでは結婚時に同姓、別姓、創作姓、と選択肢がありますが、けっこう多くの女性はご主人の名前に変更します。それで、別姓となるご夫婦の場合、地元新聞の結婚告知欄には、「花嫁は彼女の姓をそのままキープします」といった一言がよく見られます。

私はこの顔で外国姓になるのはいやだし、手続きも面倒くさかったし、結局、惰性でキープしてきました。

Sunday, May 23, 2010

今日の一言@東京: And they lived happily ever after.


今週末、東京に飛んできました。同期女性会○×周年記念パーティーがあったからです。花のキャリアウーマンとして仕事を始めた36人。そのうち20人がこのパーティーに参加しました。私を含めて海外在住組3人もかけつけ、22~23歳の春に初対面した同期の桜は、すぐに当時の思い話に花が咲きました。いまでも何かでつながっているような不思議な縁を感じます。

入社当時の全社平均女性勤続年数は、2.5年といわれていました。我が同期らは、その勤続年数を長期化させ、同期だけでみると平均勤続年数は5年。現在も6人が現役であります。ちなみに、私は15年勤続。私が最後の辞職者で、そのあとはこの6人が頑張っているのです。しかも、そのうち3人は結婚、子育てをしたというスーパーウーマン。

長い年月を超えても、すぐに昔に戻り、うわー、きゃーと大騒ぎ。同じ釜のめしを食った仲間、20人それぞれが様々な人生を歩んできたのだなあ、としみじみとする面もありました。苗字が何回か変わった人、もとに戻った人。。。キャリアが変わった人、キャリアを捨てた人、まだまだ現役の人。。。さらに、長女が現役の人のもとで働いている人までいたりして、笑いの絶えない3時間でした。

おとぎ話は、白雪姫にしても、シンデレラにしても、「そしてふたりは、いつまでも仕合わせに暮らしました」とハッピーエンディングでありました。私たち20人の多くは寿退社。そんな寿ハッピーエンディングは、実は別のBeginningであった、と実感する年齢になりました。

写真は全然関係ないですが、実家の私の部屋の前のベランダで母が育てているアマリリス。私の帰国に合わせたように満開となったそうで、今日も雨の中を凛として咲いています。

Monday, May 17, 2010

今日の一言@香港:This must be a dying profession.


このところ、週日はダーリンの仕事のために香港で過ごし、週末には深センに行く、という生活が続いています。近いとはいえ、なんとなく疲れがでたのか、私は体調が最低。先週は熱まででちゃって、香港でお医者さんにまで行く羽目になり、もう、最低。SARSでもSwine Fluでもなくてよかったのですが。

話は変わって、気に入っている長年愛用の傘の骨が折れてしまった場合、現代人は傘を捨てるのだろうか。私はそんな傘を2本持って捨てられずにいて、骨が2本も折れたままニューヨークではさしちゃったりしてます。それで、中国ならきっとどこかで修理をしてくれる人が存在するだろう、と思ってずっと探してました。

やっと、香港のミッドレベルの住宅地のど真ん中で見つけました。1947年からこの同じ場所で、ずっとずっと、傘修理の屋台で仕事をしているおじいちゃんでした。この日は、おばあちゃんも、一緒に屋台番をしていました。英語で全然話さないので、身振り、手振りでお願いし、おじいちゃんはすぐに私の傘の修理に取り掛かりました。(写真) 

1時間後に戻ったら、きれいに修理されていました。おじいちゃんは、修理後の傘をまるで手品師のように、身振りいっぱい、笑顔いっぱいで開いて見せてくれます。職への誇り、自慢げなんですね。傘修理ビジネスも、こうゆう職人さんも、彼のあとは誰もいなくなるんだそうな、と淋しい気持ちにもなってしまいました。

傘2本で50香港ドル(約590円)。おじいちゃんとおばあちゃんの姿をみて、いつものなら値段交渉にギンギンの私も、とても値切る気がせず、新品のようになった傘2本を持ってルンルンの午後となりました。

Wednesday, April 21, 2010

今日の一言@東京: An exciting exchange of brilliant minds took place 100 years ago.




東京滞在のほぼ2週間、雪が降るわ、冷たい雨に打たれるわ、と寒い春でした。離日前、晴れた今日、「渋沢資料館」(渋沢栄一記念財団:写真左)で開催中の「渋沢栄一とアルベール・カーン」展示(5月5日まで)を見に行きました。資料館は、北区飛鳥山公園の中にあります。飛鳥山公園は、大輪の白、ピンク、濃いピンクの八重桜がちょうど満開できれいでした。

昨年春に、パリ郊外のアルベール・カーン美術館(Musse Albert Kahn)に行きました。カーンは、フランスの銀行家でしたが、1908年から30年ごろまで世界各地に写真家を派遣して、膨大な映像記録を残した人です。以前から非常に関心のある分野であったので、そのカーン氏と渋沢氏には親交があったということをテーマにした展示はぜひみようと思ったわけです。

「渋沢資料館」では、カーンが派遣した写真家による写真と映像記録を通して、この大物の日仏実業家の生きた時代とふたりの交流を展示しています。ふたりが交わした英文書簡も数点見ることができました。渋沢サイン(漢字)の書簡、英語がうまい!(有能な秘書が書いたのかなあ?)

一方、カーン美術館で垣間見た1909年と1926年ごろの東京・丸の内(アムステルダムとデンハーグの風景の一部のようでした)や銀座の町並みの映像がもっと見られるかと期待して行ったのですが、写真と映像の展示内容は少なくてがっかりでした。しかし、私は渋沢栄一の生涯について無知であったので、じっくりと渋沢の常設展示内容パネルを読むことができたことは、今回の収穫でありました。スケールが大きく、視野が広く、世界を舞台にビジョンを持った実業家が19世紀後半から20世紀に活躍していたのですね。資料館のある飛鳥山は、渋沢の別宅でした。東京空襲で焼けず、西洋館「青淵文庫」(写真中央)と洋風茶屋「晩香蘆」が残っており、戦前の広大な庭園の様子がうかがえます。

王子のあたりに行ったこともなく、私にとってはどうやって行くのかも冒険でした。行きは京浜東北線で王子駅から公園を抜け、帰りは飛鳥山から都電にのって大塚駅まででて山手線のルートにしました。
東京最後の今日は、私の東京再発見の一日でした。

Friday, April 16, 2010

今日の一言@東京: What is the meaning of life?


10日に東京に飛んできました。親孝行のために一週間をとりました。認知症の進んだ父は、昨年夏から週2回、近所のデイケアセンターに行くようになり、これは、母の息抜きの週2回の数時間となってきました。そして、今週、3泊のショートステイが初めてできるということになりました。このステイの間、母には友人と1泊旅行でも、と私は強く勧めていたのですが、母はずっと行動に移せずにいました。心配症であり、父をひとりでショートステイに送る「罪悪感」があったようです。さらに、記憶も発言も変な父なのに、「僕は施設には泊まりたくない」と母にいったようで、母はこのショートステイ前後を自分ひとりで、父とケアマネージャーらとうまく対応できるかを非常に苦にしていました。

こりゃ仕方ない、私がいくしかない、ということでやってきました。変なことを口走る父も、年に1回くらいしか来ない私のいうことは、なぜかよく聞くのです。

月曜日お昼はお迎えの車で、父は満足げにショートステイに行きました。ステイ中に何か起こったら大変だと、不安感を持つ母でしたが、家に座っていても、どこにいても仕方ないことでしょう、と勇気づけ、気晴らしに1泊ですが箱根に連れて行きました。雨模様で始まった週でしたが、火曜日晴れ間が見えたときに出発。そして水曜日の朝、箱根は突然の日本晴れ!富士山の見える露天風呂で子供のように喜ぶ母を見た時、私の決断が少し報われたように思えました。

写真は、10日の日曜日にまだきれいだった実家の桜の老木。この桜はそろそろ80歳、長い間、私たち一家をみてきたんだなあ。人生の意味って何だろう。人それぞれ、その意味が違うはず。でもそれぞれ、意味をわかって生きること出来たら、幸せなんだろうな。老木のしたで、久しぶりに人生を考えてしまった一週間でした。