Monday, July 14, 2008
今日の一言@ニューヨーク: How to make the world a better place to live?
The Kite Runnerの原本(左)を読んだのは1年ほど前。日本語訳でてますか。
アフガニスタンでは凧揚げと各地での凧揚げ競技が人気に国民的イベントのようで、この本は凧揚げ競技をモチーフに、60年代から2001年までの二人の少年のそれぞれの人生を描いています。アフガニスタンの複雑な人種間問題とカースト、貧富の差、ソ連進行とタリバン台頭などの歴史を交え、主人公のアミールが自分の生活を軸に淡々と語る筋立て。
裕福な家庭に生まれたアミールはパシュトゥーン人、ソ連軍進行がひどくなる時期に父と一緒にアフガニスタンを脱出してカリフォルニアへ。幼なじみのハッサンはハザラ人で、アミールの家の住込み奉公人の息子。彼は激動のアフガニスタンに残ります。アフガニスタンがまだ穏便な60年代、主従関係にある幼いふたりは、友達ではないが、友達以上の絆で結ばれているのですが、アミールはハッサンに複雑な感情的コンプレックスと重大な秘密を持つことに。それが原因でハッサンはアミールの家を離れることになり、30年も音信不通となります。カリフォルニアで小説家になったアミールは、90年代になって父の友人から一度アフガニスタンに帰ってきて欲しい理由がある、と告げられます。そこからまた意外な事実が…
アミールの目を通したゆっくりした語りでストーリーは展開し、決して戦争物語ではなく、むしろ人間のもつ悲劇性、人生の皮肉と悪戯が散りばめられたせつない物語。
しかし、アフガニスタンだけでなくアフリカにも多くあります。祖国が破壊されつくし、平和が視野にはいってこない、暴力と不信と恐怖の中で生きねばならない普通の人たち。普通の人たちが普通に生活できる、っていう幸せを再確認したくなります。どうして人間は戦い、傷つき、傷つけ、その繰り返しを永遠に続けるんでしょう。
映画(邦題は「君のためなら千回でも」)はCDを買って観ました(右)が、いまひとつ。やはり原本の持つ魅力は伝わってきませんでした。