Monday, October 11, 2010

今日の一言@ニューヨーク: Who was the first woman awarded the Pulitzer Prize for fiction?




ニューヨークもすっかり秋らしくなり、郊外のほうは紅葉もちらほらという季節となりました。先週末は、コネチカット州の友人宅に行ってきました。一日は、車で40分ほど走ってマサチューセッツ州のLenoxという町近くにあるThe Mountと呼ばれるお屋敷に行きました。

ここは作家、Edith Wharton(1862~1937年)が自分で設計からインテリアまで丹精込めて建てた広大なお屋敷です。今は記念館となっていて、彼女の住んだ時代のインテリアの復元をし、いくつかの作品についての展示があります。

Whartonといえば、The Age of Innocenceという映画で名前を知っているくらいでしたが、40以上の作品を残しています。彼女はThe Age of Innocenceで、女性として初めてピュリツァー賞(フィクション部門)を受賞しました。展示の中には、マーティン・スコセッシ監督によるこの映画で、アーチャーを演じたダニエル・デイ・ルイスが使った手袋などもありました。(写真)

The Mountは当時の文化人の集うサロンにもなっていたそうで、ヘンリー・ジェームスも友人のひとりであったとか。しかし、Whartonの私生活では幸せな結婚とは言えず、ついに1911年に離婚を経て、The Mountも人手に渡ります。それからWhartonはフランスにひとりで渡り、創作活動を続ける傍ら、第1次世界大戦による難民を助ける慈善活動に励みます。そしてフランスではそうした慈善活動に対してレジオンドヌール勲章を授与されます。最後までフランスに住み、フランスを永住の地としました。何をやっても中途半場でないところがすごい女性です。

庭園を歩きながら、その時代に思いを馳せ、秋の風を感じる季節の素敵な午後を楽しみました。

Monday, September 20, 2010

今日の一言@ニューヨーク: ) Why emoticons are so different?


あっという間に9月も中旬となりました。光陰矢のごとし、最近は一日が妙に早く過ぎていきます。
今年も9.11の夜は、二本の光りが空に向かって輝きました。私もあの日、自分のアパートの窓からビルの崩壊を目撃し、荷物を抱えて避難したので、南の空を見上げると、今でも涙を誘われます。:’( 

この日にも、イスラム文化センター建設反対デモがありました。:-( 
しかも、オランダからイスラム化反対主張を繰り広げたきた政治家が招かれてスピーチをしていました。全く信じられません。:-o

さて、文章の終わりにあるマーク、間違い?文字化け? ではありません。ちょっと昔ながらの「顔文字・絵文字」(Emoticons)を使ってみたんです。「昔ながら」といったのは、HTMLメールがなく、コロンなどのテキスト文字しか使えないコンピューター時代に創作されたものだからです。次のものはアメリカで使われるもので、時計回りに90度回転させると顔の表情にみえます。(または頭を左に90度傾けてみてください)

:) スマイル
;) ウインク
:’(  悲しい、泣けてくる
:-(  怒ってるぞ
:-o  ビックリ

絵文字にもお国柄があるといいましょうか、違うところが興味深いです。日本のEmoticonsは複雑にコロンやセミコロン、括弧などを組合わせてそのまま表情としてわかるので優れものだと思います。(ただし、日本人にしかわからないものばかりですが) それに、日本人に苦笑とか、謝罪とか、アメリカにはないEmoticonsがあるのもユニークです。日本語と英語が違うように、絵文字も文化的な違いを反映していると思ったわけです。

Emoticonsを創作したのはアメリカ人なのに、そのわりに最近は利用度が高くなく、アニメのものは普及していません。その代わり、携帯用英語短縮綴りは増え続けています。
例えば、RUOK? PCM 2moro g2g
さて、これはどうゆう文章の短縮形でしょうか。

感情豊かなコミュニケーションより、合理的なメッセージ交信が好まれるのか。秋の夜長にふと疑問が浮かんできました。

Wednesday, August 25, 2010

今日の一言@ニューヨーク: Which side of the controversy are you with?


こちらでは、グランド・ゼロ近くにモスクとコミュニティーセンターを建設する計画を巡って、大きな議論が毎日メディアを賑やかしています。政治問題化してきたといえましょう。

トライベッカに住んでいるので、この建設予定地を見てきました。確かにグランド・ゼロから2ブロック北、Park Placeというストリートにありました。(写真の白いビルを壊して、大きなビルを建てるそうです) 今日は、宗教の自由を守れという計画支持プラカードを持つ数名が、ビルの前に静かに立っていました。

ブルームバーグNY市長は、宗教の自由は憲法で保障されているものであり、センター建設計画変更の必要なし、譲歩をすること自体がおかしいと主張。パターソンNY州知事の建設場所移転交渉案にも反対しています。一方、センター建設反対の人の言い分の多くは、9.11犠牲者とその家族の感情に配慮しない無神経な計画だ、と主張します。

冷静に考えると、「無神経」を持ち出して感情論をするほうが危ないような気がします。イスラム=テロリスト、と言っているように聞こえます。

これが、キリスト教の教会・コミュニティーセンター建設計画だったら、9.11テロとの関連で感情的問題がないから反対運動はないのでしょうか。一方、かりに、テロリストがイスラム教過激派ではなく、キリスト教過激派だったとしたら、同じように反対運動があるのでしょうか。疑問です。

いくらツインタワーを攻撃したテロリストがイスラム教過激派だったとしても、テロリストと普通のイスラム教徒は別物だと考えるべきだと私は思います。それに、もともと、この付近には2002年に借用リースが切れるまでモスクがあり、そこのイスラム教徒のアメリカ人らは全くテロとは関係なかったわけです。さらに、今回のモスクとセンター建設の主導者らは、アメリカのイスラム教穏健派といわれます。

アメリカの冷静な判断が、今回のこの感情論を凌駕してくれることを祈ります。

Sunday, August 22, 2010

今日の一言@ニューヨーク: Vacation is over…























数日前にニューヨークに戻ってきました。バカンスで8月中休業の多いパリに比べると、ニューヨークは年中無休で、不景気から抜けなせない中でもニューヨーカーはいつものように忙しそうに町に溢れています。

アメリカでは9月初旬の新学期まであと一週間。私の長い休暇も終わりを告げ、仕事しなくちゃ。

さて、休暇の最後の週(9~13日)は、パリに住む日本人の友人と一緒にイタリア中部に旅行をしました。ローマに飛んでレンタカーをして、エトルリア人の遺跡を見て回るという旅でした。まず、温泉のでるSaturniaに向かい、ここでひと風呂。ここは自然の中に湧き出て、渓谷に石灰分が固まって階段のように独特の天然温泉場を形成していました。写真(左)のようにイモ洗い状態の混雑だったので、私たちは上流の静かな場所を見つけて、川温泉を楽しみました。このへんは、すべて自然の中にあるので土地は周囲の町の所有のようですが、入場料などはなく、誰でも無料ではいれます。

それから、Savona、Sorano、Pitigliano(写真中央)という中規模の城塞の町を回りました。Savona周辺には多くのエトルリア人のネクロポリス(お墓)遺跡があります。一部は公開しており、半日がかりで遺跡散策をしました。そして、非常に美しい城塞の町、Orivietoへと向かいました。Orivietoワイン(通常は白)でも有名ですが、ここのDuomo(大聖堂)は見物です。(写真右)

そのあと、Viterbo、Toscaniaという小さな町を見て回って、エトルリア期のネクロポリスとしては最大級のTarquinia(タルクイーニア)とCerveteri(チェルヴェーテリ)でエトルリア期のネクロポリス遺跡群を見ました。前者のほうは、墓内部の壁画で有名な遺跡です。

ローマ帝国以前、紀元前9~3世紀に栄えたエトルリア文明。ギリシア陶器やエジプト装飾品も遺跡からでており、すでに地中海交易が盛んであったことがうかがわれます。エトルリア人はインド・ヨーロッパ言語系以外の言語を持っていたといわれ、どうゆう民族だったのか、今でもまだ謎に包まれています。

イタリアは観光書にもでてこないような小さな村や町でも美しいところが多く、お料理は美味しく、温泉もあれば、遺跡もある・・・熟女ふたりの珍道中は、地図を片手に気の向くままに、その日その日に行く場所を決める、というもの。オートマしか運転できない私は、マニュアル車の運転を彼女に任せ、ナビ専門。しかし、中国で鍛えた交渉力で、ホテルやB&Bとの値下げ交渉は私の担当となりました。自分たちだけの手作りの旅、100点満点の旅でした。

Sunday, August 8, 2010

今日の一言@パリ~ブルゴーニュ: I don’t believe in such proverbs.





ある人は「2度あることは3度ある」と言い、ある人は「3度目の正直」とも言うでしょう、なんていいました。でも、そんなこと、信じません!私は2度目で祈願成就させるのだ、と思っていました。

そんな大げさな話ではありません。が、10年目にしてやっとブルゴーニュに再訪が可能となりました。今回の旅行の大目玉は、友人夫婦と一緒にこのブルゴーニュの田舎にあるミシュラン3つ星のレストラン、「ラ・メロワーズ」を訪問することでした。実は、10年前、私とダーリンはこのレストランを目指し、ブルゴーニュに行ったのですが、私は体調をくずし、レストランに着くと熱と腹痛で何も食べらず、泣く泣く20分ほどでホテルに引き揚げたという悲しく、口惜しい思い出があったのです。

10年目にして、2回目の挑戦。今回は体調を整え、万全のコンディションで向かったのでありました。

4人でシェフお勧めメニューをとりました。少量づつではありますが、前菜3点、主菜2点、チーズ、デザートと続きました。すべて完璧なお味、サービス満点、最高の夕食でした。
前菜は、トマトスープとフォアグラ春巻き風と野菜クリーム煮の3点盛り皿、そして蟹とえびのサラダ、オマール海老と何種類かの野菜を組合わせて層にした冷菜。主菜のお魚は、スズキのソテーのキノコ添え、そしてお肉はラムのワインソース。実はお肉はお勧めメニューではハトだったのですが、私はどうも心情的に食べたくないので、ひとりだけラムに変えてもらいました。ハトも非常に美味しかったそうです。お勧めメニューはテーブル全員で注文しないといけないのですが、苦手なもの、食べられないものは別のものに代えてもらえるという気配りです。

お勧めメニューには、さらに、Amuse Bouche(先付けのようなもの)と前菜と主菜の間には口直しのサッパリ冷菜があり、デザートのあとには自家製チョコやクッキー、フルーツジェリーなどのお皿がやってきました。女性にはかなり大量メニューなのですが、私は問題なくたいらげました。

高級フランス料理レストランでは、伝統的に、男性が受け取るメニューに金額が入っているのみで、女性にみせるメニューには一切金額が入っていません。私たちのテーブルにきたメニューも、女性ふたりには金額無しのものでした。うちのテーブルの殿方らがいうには、「10年に一度くらいの贅沢と思えば、ちょうどいいよ。」
なるほど、これなら、2度あることは、3度ある、でもいいかな。

Tuesday, August 3, 2010

今日の一言@パリ~ブルゴーニュ: Let’s take a train to visit Burgundy.















週末2泊で、パリから電車に乗ってブルゴーニュに行ってきました。ブルゴーニュはBourgogne地方のフランス語読みで、日本ではこちらのほうがよく使われています。が、英語だとバーガンディ(Burgundy)で、同じ地方のことをいいます。

ブルゴーニュ地方は、おおざっばにいうとディジョンからリヨンにかけて、ソーヌ川に沿った南北に伸びた地域をいいます。ご存知のように、ボルドーと並ぶワインの大産地で、北は白ワインで有名なシャブリ地区にはじまり、赤ワインでは最高級のロマネ・コンティから一般的なボジョレーまで数多くの著名なワイン種を生産しています。本来は、2週間くらいかけて、車でワインの道(Route de vin)をまわるのが楽しいのですが。。。

今回の週末旅行は、友人家族とボーヌ(Beaune)という町で会うことを目的としていたので、ワインの道はパスでした。それで、パリから鉄道利用で行くことにしました。パリ~ディジョンはフランスの誇るTGV(新幹線を真似た?ような高速電車)で1時間半、そこから目的地のボーヌまでローカル電車で30分。パリ発10時半、ボーヌ着12:40という快適な旅です。

ボーヌには10年ほど前に来ているので、ホスピスなどの観光名所は飛ばして、着いた日は、ボーヌの町にあるワイン商のカーブ(地下保存庫)の見学と試飲会をしました。18世紀から使っているカーブは、ひやっと湿っぽく、冷たい空気です。9ユーロほど入場料がいりますが、5種類の扱いワインが飲めますので、まあ、ほんのりと気分よくなります。

夜、夕食を終えて町を歩くと、建物それぞれにまつわる物語風のライトアップショーが数箇所で10分おきくらいに繰り広げられていました。これは、一見の価値あり。
写真はそのライト映像の変化をとらえたものですが、動画でみると迫力あります。

ボーヌのライトアップ (Lumière ! à Beaune)のYouTube映像:
http://www.youtube.com/watch?v=7g9Cy0rBpmQ&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=W3klyCCCym4

次の日は友人家族とランデブー。マスタード工場見学と、そして、目的のレストランへと向かいました。

Wednesday, July 28, 2010

今日の一言@パリ: Who stole “love padlocks” on the Pont des Arts? 





数日前からパリにいます。ここは酷暑とは関係のない世界で、日中でも暑くても26度、朝夕は20度をきって快適です。フランスの7月末といえばバカンスの季節の開始となります。パン屋さん、お肉屋さん、八百屋などの個人商店や多くのレストランは、今週から8月半ば、または8月いっぱい休業となります。ただ、パン屋さんは、近所の数軒が毎年、休業時期をずらして、住民がパン欠乏生活にならないようにする制度があります。スーパーはもちろんお休みなしです。

街を歩くと、地元の人は皆、Bonnes vacances!と挨拶をして別れています。これからパリに残るのは、旅行者と何かの理由でバカンスに行けない(行かない)人たちになります。でも、この時期、静かなパリが私は好きです。

そんなパリの夏でも、セーヌ河畔ではパリ・プラージュ(Paris Plages)が賑やかです。Plagesとはフランス語で「海岸」のことで、パリのど真ん中にビーチ感覚で楽しむ場所を作ろうというパリ市の企画です。今年で9回目となるそうです。ゲームやらコンサート、バーなどがあり、人々は備え付けのハンモックやビーチ用椅子でリラックスしています。やはり旅行者が多く、いろんな国の言葉が飛び交います。

さて、セーヌ川にかかる橋のひとつ、ポンデザール(Pont des Arts)を歩くと、橋のフェンスには数多くの南京錠が目立ちます。この1年ほどで急増した「愛の鍵」(仏・cadenas d'amour :英・love padlocks)なのです。2000個以上にもなった今年の5月には、パリ市が撤去を宣言しました。その直後には、何者かの手によって一斉になくなったそうですが、パリ市はその撤去を否定。それでは誰の仕業か? 謎を残したままです。 

それから2ヶ月半で、また多くの恋する若者らによって鍵は着々と増えていました。